2008年06月21日

詩経

 但馬国府跡とされる兵庫県の祢布ヶ森遺跡で、中国最古の詩集「詩経」の注釈書の一節が書かれた9世紀初めごろの木簡が全国で初めて見つかった。
 詩経の注釈書は当時、都の学問・教育機関だった「大学寮」の教科書として使われたとされ、「但馬国府でも注釈書が使用されていた可能性が高い」と推測されている。

 この木簡は長さ39・5センチ、幅10・9センチ、厚さ0・7センチで、「淒寒風也谷風曰東風」などと墨書されていたという。
 詩経にある「淒」や「谷風」の意味を説明する内容で、注釈書「毛詩正義」の記載とほぼ同文だ。
 下に「健児長」と記され、国府を警備していた兵士「健児」が字の練習のために書いた可能性があるという。

 当時、但馬国司だったのは桓武天皇の皇子、良岑安世で、後に漢詩集「経国集」を編集しており、詩経木簡との関連が注目されている。
posted by ひで at 10:42| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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