2010年07月11日

井伊直弼の中間は逃げた

 幕末の大老・井伊直弼が暗殺されたいわゆる「桜田門外の変」で、居合わせた中間の証言とされる記録が、広島県福山市にある広島県立歴史博物館で発見されたそうだ。
 この記録は中間が故郷の安芸に帰る途中に役人に語ったものとされており、襲撃時の慌てた状況が読み取れるという。

 記述があったのは、福山藩の儒学者だった菅茶山の弟子、門田朴斎の五男が、当時の「変」に関する伝聞や風説などを集めた「骨董録」で、茶山の子孫が館へ寄贈した資料約1万点の中にあったという。

 文章は(殿様御駕籠へ誰に候哉、刀抜連切て掛り候者数人有之、其勢之烈しく怖しき事言んかたなし。其内に御駕籠の内か外か不存候へ共、大なる声にて一声叫び候声ハ耳本へ響て聞へ候、御供方ハ前後へ颯と逃散り、抜合候士も無之様に者相見候へ)等と記載されており生々しい状況が読み取れるものだ。

posted by ひで at 10:47| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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