2006年12月31日

レコード大賞は氷川きよしさん

 第48回日本レコード大賞の最終審査が昨日、東京都渋谷区の新国立劇場であり、大賞は氷川きよしさんの「一剣」に決まった。
 最優秀歌唱賞には倖田來未さん、最優秀新人賞には絢香さんが選ばれた。

 同賞は69年の第11回以来大みそかに開催してきたが、今年は30日に繰り上げた。
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2006年12月25日

カトチャン重病だった

 10月末に緊急入院したザ・ドリフターズの加藤茶さん(63)が本日、医師を伴って都内で会見し、大動脈解離で約10時間に及ぶ手術を受けたことを打ち明けた。
 一時は生死の境をさまよったという。

 退院は29日を予定し、1月いっぱいは休養する予定だという。
 体重は入院時よりも9キロ減だったが「退院したら死ぬまでバカやります」とファンへ元気なメッセージを送った。

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ソウルの帝王死去

 「ソウルの帝王」と呼ばれた米のソウル歌手ジェームス・ブラウン氏が本日未明(日本時間同日午後)、ジョージア州アトランタの病院で死去した。 73歳だった。
 重い肺炎のため、昨日から病院に入院していたと複数の米メディアが報じた。

 南部ジョージア州の貧困の中で育ち、10代前半から綿摘みなどの労働に従事していた。 
 しかし16歳の時に強盗団に加わり、少年院に入った後、教会で黒人霊歌を歌い始めると、抜群の歌唱力で頭角を現し、20代後半にニューヨーク・ハーレムの劇場でプロとしてデビューした。
 公民権運動が盛んだった1960年代に黒人の苦しみや悲しみを魂の叫びとして表現した。

 うなるような独特の歌い方と情熱的なステージで人気を博し、50枚以上のアルバムをリリースしている。
 代表的ヒット曲に「プリーズ・プリーズ・プリーズ」「パパのニュー・バッグ」「セックス・マシーン」のほか、映画「ロッキー4」の挿入歌「リビング・イン・アメリカ」などがある。
 ロックの殿堂入りを果たしたほか、92年にはグラミー賞特別功労賞を受賞した。
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2006年12月20日

天国でも言って欲しいな「あおしまだぁ!」

 直木賞作家で、東京都知事や参院議員を務めた青島幸男さんが本日午前9時半、江東区内の病院で死去した。
 死因は血液がんの一種である骨髄異形成症候群だった。74歳だった。
 1932年、東京・日本橋の仕出し弁当屋の次男に生まれた。
 早大大学院在学中に漫才の台本を書き始め、20歳代で放送作家としてデビューした。
 「シャボン玉ホリデー」を手がけるなど草創期のテレビ界で活躍した。
 67年からのテレビドラマ「意地悪ばあさん」では主演を務め、お茶の間の人気を集めた。
 大ヒットした「スーダラ節」の作詞を手がけ、初めての小説「人間万事塞翁が丙午」では直木賞を受賞するなど、文化人として多彩な才能を発揮した。

 政界でも活躍した。
 35歳だった68年、参院の全国区に初めて立候補し、120万票を集めて初当選するなどタレント議員のパイオニアでもあった。
 故市川房枝参院議員の遺志をついで「二院クラブ」の代表を務め、「選挙に金をかけるから後で回収しようとして政治腐敗が起きる」との考えから、以後は街頭演説など選挙運動らしいことをしないスタイルを確立した。

 参院5期目の95年には東京都知事選に立候補し、自民、社会、公明など主要政党が相乗りした官僚出身候補に約50万票差をつけて圧勝した。

 都知事就任後、公約通り世界都市博覧会は中止したが、その後は都官僚と協調路線を取ることも多くなり、選挙時に支持した市民団体からは「ミスター公約違反」と批判を浴び、1期4年で知事を退いた。

 01、04年の参院選にも立候補したが落選し、04年に政界からの引退を表明した
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2006年12月10日

紀香陣内今日結納

 交際中の女優藤原紀香さん(35)とお笑いタレント陣内智則さん(32)が本日結納を交わすことが分かった。
 関係者によると、結納の話は互いの両親を中心に進められ、2人の出身地の兵庫県内で行われるという。
 年内にツーショットで結婚会見を開く方向でも調整しており、紀香さんは最新8日付のブログに「身辺騒がしいですが、何を言われてもめげません。真実は心の中にあるのですから。きちんとお話ができる時まで貝にならねばなりません」とつづった。
 挙式は来年2月25日に神戸市の生田神社で行うことが有力だ。

 紀香さんは主演ドラマ「だめんず・うぉ〜か〜」が今月4日に撮了した。
 陣内さんは司会を務める読売テレビ「なるトモ!」の生放送がない週末の結納を希望していた。
 この日、兵庫県内にある2人の実家前には多数の報道陣が詰めかけたが、陣内さんの両親が買い物で外出した以外は大きな動きがなかった。
 婚姻届は年内提出の情報もあるが、陣内さんが同番組で「絶対ありません」と否定し、「正式に決まったら番組で報告します」と話している。

 2人は日本テレビ系の単発ドラマ「59番目のプロポーズ」(7月放送)で共演して親密になった。
 劇中でも恋人役を演じ、キスシーンも披露した。

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2006年12月09日

氣志團の綾小路翔が結婚!

 人気バンド「氣志團」のリーダー・綾小路翔さん(年齢未公表)が7日に入籍したと自身の公式ブロクで発表した。
 ブログによると、お相手の女性とははロンドンで出会い、日本に連れ帰ったという。“小柄で可愛らしいゴージャスな美人”と紹介している。

 ブログで、綾小路さんは「突然ですが、何と俺、昨日入籍致しました 綾小路翔、12月7日、見事結婚しましたーッ! パフパフどんどーん!」とつづった。
 お相手の女性の公表は避けたが「あのね、俺すっげーすっげー好きな人と結婚できたー!。…うおー!やったぞーッ!」とおのろけを連発したという。

 前日がグループのデビュー5周年で、それを祝うかの様な、その翌日の入籍だ。
 氣志團語録でおなじみの「127」(千葉県木更津市を通る国道127号)に合わせた12月7日の入籍としゃれ込んだようだ。

 おめでとう!
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2006年11月30日

ウルトラマンの父 死亡

 テレビの「ウルトラマン」シリーズの演出や映画「帝都物語」などで知られた映画監督の実相寺昭雄さんが昨日深夜、死去した。69歳だった。
 東京生まれで、59年、ラジオ東京(現TBS)に入社し、66年の「ウルトラマン」をはじめ、「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」など特撮番組に数多く参加し、奇抜な構図や照明を駆使する独自のスタイルで、不可解で不条理なムードあふれる映像を作り上げた。

 69年に映画に進出した後は、エロチシズムを大胆な手法で表現した「無常」「曼陀羅」、人気小説を原作とした「帝都物語」「姑獲鳥の夏」などを監督した。
 「魔笛」などオペラの演出も手がけた。

 昨年は「ウルトラマンマックス」の演出に参加していた。
 半年ほど前、手術を受けたが、かつて手がけた特撮番組を自らリメークした映画「シルバー假面」を完成させ、11月の試写会に姿を見せた。
 12月23日の公開を待つばかりだった。

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2006年11月18日

仲谷昇氏死去

 演劇集団円の代表で、俳優の仲谷昇(本名・仲谷昇流)さんが、16日午前7時22分、死去した。77歳だった。
 葬儀は近親者のみで行い、後日、劇団葬を行う予定で喪主は未定だという。

 東京生まれで、1950年に文学座に入り、翌年、「武蔵野夫人」で初舞台、63年に芥川比呂志さんとともに同座を脱退して、劇団雲を設立した。75年には演劇集団円の創立に参加した。

 映画でも「にごりえ」「砂の上の植物群」「悪魔が来りて笛を吹く」などに出演。きまじめな役柄で、テレビドラマなどでも確かな存在感を示した。54年に女優の岸田今日子さんと結婚したが、77年に離婚した。
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2006年11月13日

矢田亜紀子結婚

 女優の矢田亜希子さん(27)と俳優で歌手の押尾学さん(28)が本日婚姻届を提出した、と矢田さんの所属事務所が発表した。
 矢田さんは俳優活動を今後も続けるという。
 2人は「力を合わせて幸せな家庭を築き上げていきたいと思います」などとしている。
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2006年11月11日

邦画が勢い取り戻す

 今年1年間の邦画の公開本数が380本を超え、過去30年間で最高となることが確実になった。
 複合型映画館(シネマコンプレックス:通称シネコン)の増加に加え、製作費を出資する企業のリスクを軽減する「製作委員会方式」の定着や、女性監督の台頭などによる製作現場の活性化が奏功しており、本数は今後も増える見通しだ。
 日本映画製作者連盟によると、4日までに公開された邦画は360本(洋画は328本)で、12月末までには、人気テレビドラマの映画化「大奥」、木村拓哉さん主演の「武士の一分」などさらに20本以上が公開予定で、通年だと380本超えは確実だ。

 同連盟が調査を始めた昭和30年に、邦画は423本(洋画193本)で、以降、邦画は35年の547本をピークに300〜400本台で推移、51年の356本を境に減少に転じた。
 平成3年には230本にまで落ち込んだが、以降、徐々に増加傾向となり、昨年は前年より46本も多い356本となった。

 業界関係者の多くは、映画会社が製作資金を一手に供給する旧来の形態ではなく、テレビ局や映画会社、大手企業などが匿名の組合をつくり、製作資金を分担して提供する「製作委員会方式」の定着を挙げる。
 この手法で大ヒットした「踊る大捜査線」のシリーズ(平成10、15年)以降、出資者のリスクが軽減できることから、一気に定着し始めたという。

 もうひとつは、今年の邦画のナンバーワンの呼び声も高い「ゆれる」の西川美和さんや「幸福のスイッチ」の安田真奈さん、「かもめ食堂」の荻上直子さん、「無花果の顔」で監督も務めた女優・桃井かおりさんといった女性監督の台頭が理由だ。

 「ゆれる」「フラガール」など話題の邦画を手がけた映画配給・製作会社、シネカノンは「資金面では製作委員会方式の定着が大きな要因だが、製作現場では女性監督の活躍も理由のひとつ」とみる。

 「年功序列を重んじる男社会の映画製作の現場が、他業種で進む女性の社会進出を受け、4、5年前から女性に門戸を開放。優秀な女性監督が登場し、業界に新風を吹き込んだ。製作現場の活性化にも一役買っており、製作意欲が高まっているのは確か」と分析する。

 一方、同連盟の愛宕威志事務局次長は「シネコンの増加でスクリーン数がぐんと増えたことも大きい。売り場が増えれば店頭により多くの商品を並べることができるのと同じ理屈」と話す。

 シネコンは第1号が平成5年4月に開業後、全国規模で急拡大し、昨年末現在、全国のスクリーン数の3分の2を占める1954スクリーンにまで増えた。

 シネコン関係者も「人気作品を複数スクリーンで上映するなど、普通の映画館より利便性に富むのが特徴。そこに邦画ブームが加わり、邦画の公開数が増えている」と声をそろえる。

 今年は邦画の興行収入(平成11年までは配給収入)が洋画を昭和60年以来21年ぶりに上回ることが確実視されている。
 「最近は、午前中や深夜だけに限定公開する低予算の邦画も増えている。こうした作品は1000円前後とチケット価格も通常より安いが、それなりの集客力もあり、ビジネスとして成立し始めている」(愛宕事務局次長)状況もあり、邦画人気はまだまだ続きそうだ。
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2006年11月10日

はらたいら氏死去

 テレビのクイズ番組の解答者として人気のあった漫画家のはらたいら(本名・原平=はら・たいら)さんが本日午後0時7分、肝不全のため埼玉県富士見市の病院で死去した。63歳だった。
 高知県生まれで、TBS系のテレビ番組「クイズダービー」に77年1月から92年6月までレギュラー出演し、高い正解率で人気を集めた。
 漫画家としては風刺、ナンセンス漫画を得意とし、代表作に「ゲバゲバ時評」「モンローちゃん」などがある。

 40歳代の末から気分の落ち込みに苦しんだ体験を、著書「はらたいらのジタバタ男の更年期」にまとめた。
 84年には日本雑学大賞、ベストドレッサー賞を受賞した。

 「朝日小学生新聞」では、先月まで20年以上にわたって「まんが満点ゼミ」の選者を務め、子どもに漫画を指導した。
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2006年11月04日

ポールモーリア氏天へ

 ポール・モーリア氏は、フランス公共ラジオによると、昨日、フランス南部ペルピニャンで死去したという。
 81歳だった。
 家族らが4日、明らかにした。

 1925年、フランス南部マルセイユ生まれで、ポピュラー音楽で数々のヒット作を手掛け「恋はみずいろ」は世界的ヒットとなった。
 たびたび来日するなど、日本にも数多くのファンがいる。
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2006年11月02日

ガンバ!カトチャン

 ザ・ドリフターズのタレント、加藤茶さん(63)が体調を崩し、10月30日に都内の病院に緊急入院したことが分かった。

 所属事務所によると、検査入院で退院時期は未定。既にテレビ番組の出演を数本キャンセルしたという。
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2006年10月22日

ばってん荒川さん死去

 鼻の下に大きなほくろ、世話好きで話し好きの「お米ばあさん」の扮装で、熊本弁の漫談や演歌を歌った、お笑い芸人のばってん荒川(本名米崎一馬=よねざき・かずま)さんが本日午前11時23分、膀胱がんのため死去した。69歳だった。
 熊本市生まれで、1955年に熊本県の芸能である肥後にわかの劇団「ばってん組」に入られた後に、故三木のり平さんが演じたおばあさん役をヒントにしたお米ばあさんがあたり役となった。
 63年にはばってん劇団の団員として東京・浅草に進出、70年に独立後は東京、大阪の舞台でも活躍した。
 70年にはレコード「火の国一代」を出し、10万枚を超えるヒット作となったり、テレビの「水戸黄門」に出演したりして全国的に知られるようになったが、終始、本拠を熊本から移すことはなかった。

 熊本や福岡ではみずからのテレビやラジオ番組を持っていた。
 熊本放送や九州朝日放送でのラジオ番組は、30年以上続く長寿番組だった。

 今年1月に体調を崩し、熊本市内で入退院を繰り返していた。レギュラー番組には体調次第で出演していた。
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2006年10月20日

昭和の名優またも逝く

 NHKドラマ「事件記者」やTBS系ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で知られる俳優の藤岡琢也さんが本日午後3時18分、慢性腎不全のため東京都内の病院で死去した。76歳だった。
  兵庫県生まれで、関西学院大中退後、外国ドラマのアテレコなどの活動を経て、61年にTBS系ドラマ「俺ら次郎長」に出演し、66年からの「事件記者」の記者役で、人気を得た。

 眼鏡にチョビひげ、ちょっと粋がった善人という役どころで愛され、インスタントラーメンのCMにも長年出演した。
 「渡る世間〜」のほか92年のNHK「おんなは度胸」など、脚本家の橋田寿賀子さんの作品にも欠かせない一人だった。

 60年代後半の「兵隊やくざ」シリーズをはじめ、70年代後半までに約50本の映画に出演したほか、舞台でも活躍していた。ジャズの知識も豊富で、ラジオのジャズ番組で案内役も務めた。

 今年2月に体調を崩し、入院していた。

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2006年09月30日

向井亜紀さんの訴え認める判決

 タレントの向井亜紀さん(41)と元プロレスラーの高田延彦さん夫妻が、米国女性に代理出産を依頼した双子の出生届を東京都品川区が受理しなかった問題で、向井さんが昨日、自らのブログに「東京高等裁判所が『出生届を受理せよ』という判断を出してくださった」と書き込みをした。
 29日にファクスで「判決文」が届いたとしている。

 向井さんはがんで子宮を摘出し、米国女性に代理出産を依頼。代理母が03年に米国で双子を出産していた。
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2006年09月26日

昭和の偉人 またも逝く

 「アンコ椿は恋の花」「さざんかの宿」などのヒット曲で知られ、テレビでも親しまれた作曲家の市川昭介さんが、今朝午前5時、肝不全で死去した。73歳だった。
 葬儀は近親者のみで行うという。
 福島県郡山市の工業高校を卒業後に上京、独学で作曲とピアノを勉強した後、61年、島倉千代子さんの「恋しているんだもん」で作曲家デビューを果たした。
 60年代には、都はるみさんとの名コンビで「涙の連絡船」「好きになった人」などのヒット曲を次々に手がけた。
 覚えやすい旋律で親しまれ、村田英雄さんの「皆の衆」や大川栄策さんの「さざんかの宿」、五木ひろしさんの「細雪」などを生んだ。

 TBS系「家族そろって歌合戦」の審査員やNHK教育のカラオケ歌唱法番組の講師役など、テレビ出演でも知られた方だった。
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2006年09月25日

丹波哲郎氏大霊界へ

 映画「日本沈没」「砂の器」、テレビドラマ「Gメン’75」などに出演し、スケールの大きな演技で知られ、国際的にも活躍した俳優の丹波哲郎(本名・正三郎)さんが昨日午後11時27分、肺炎で死去した。84歳だった。
 通夜は29日午後6時、葬儀は30日正午から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で開催予定だそうだ。
 喪主は長男で俳優の義隆さん。
 連絡先は丹波哲郎オフィス(03・5382・9990)まで。

 丹波氏は東京都生まれで、中央大法学部を卒業後、劇団文化座を経て、51年新東宝に入社し、翌年、映画「殺人容疑者」でデビューし、陰のある二枚目としておもに悪役で活躍され、テレビでは「丹下左膳」の主役で異彩を放った。
 60年代にテレビドラマ「三匹の侍」などの個性的な演技で人気を集め、映画では今村昌平監督の「豚と軍艦」のほか、ギャング映画「誇り高き挑戦」「ジャコ萬と鉄」や、篠田正浩監督の時代劇「暗殺」などに出演し、スターとして地位を固めた。
 また、戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の通訳を務めた英語力を生かし、外国映画にも出演され、「007は二度死ぬ」ではショーン・コネリーと共演し、話題になった。

 その後も、テレビドラマ「キイハンター」「Gメン’75」のボス役で活躍、映画「砂の器」の刑事役では重厚な演技が高く評価された。
 近年も大河ドラマ「利家とまつ」「義経」などで、渋みある演技をみせていた。
 一方、死後の世界に深い関心を持ち、89年にはベストセラーとなった著書を「丹波哲郎の大霊界」として自ら映画化した。

 丹波氏の重厚な演技は大好きだっただけに残念でならない・・・。
posted by ひで at 21:33| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

ハウンドドッグ大友氏訴えられる

 ハウンドドッグの大友康平さん(50)が、前所属事務所マザーエンタープライズから、コンサート出演義務違反による債務不履行や事務所に黙って営業したなどとして、3214万円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に起こされたことが分かった。
 マザー社はまた大友さんや、大友さんの現個人事務所イエホック、大友さんと行動をともにした橋本章司さん(49)八島順一さん(50)西山毅さん(44)に対しても「(イエホック発行の会報で)マザーがハウンドドッグを解散に追い込もうとしたかのごとく述べ、対外的信用が損なわれた」とし、1100万円の損害賠償と雑誌への謝罪広告掲載を求めているという。
posted by ひで at 07:43| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月10日

桂米朝さん入院!

 人間国宝の落語家桂米朝さん(80)が自宅で転倒して負傷し、12日に大阪市のヒルトン大阪で開く「一門会」など、8月中に予定していた4公演を休演することになった。
 所属する米朝事務所によると、米朝さんは8日未明、兵庫県尼崎市内の自宅で転倒、腰を強打して、同市内の病院に入院したという。
 腰椎圧迫骨折の疑いがあり、2、3週間の安静が必要と診断されたのだそうだ。
 
posted by ひで at 22:13| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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