靖国神社へのA級戦犯合祀について、昭和天皇が「戦死者の霊を鎮める社であるのに、その性格が変わる」などと憂えていたと故徳川義寛・元侍従長が語っていたことがわかった。
歌人で皇室の和歌の相談役を務めてきた岡野弘彦氏(83)が、徳川元侍従長の証言として、昨年末に
出版した著書で明らかにしていたものだ。
その著書は、「四季の歌」(同朋舎メディアプラン)だ。
同書によると、86年秋ごろ、徳川元侍従長が、岡野氏を訪れたそうで、3〜4カ月に1度、昭和天皇の歌が30〜40首たまったところで相談するため会う習慣になっていたのだという。
その中に、靖国神社について触れた「この年の この日にもまた 靖国の みやしろのことに うれひはふかし」という1首があったという。
岡野氏が「うれひ」の理由が歌の表現だけでは十分に伝わらないと指摘すると、徳川元侍従長は「ことはA級戦犯の合祀に関することなのです」と述べたうえで「お上はそのことに反対の考えを持っていられました。その理由は二つある」と語り、「一つは(靖国神社は)国のために戦にのぞんで戦死した人々のみ霊を鎮める社であるのに、そのご祭神の性格が変わるとお思いになっていること」と説明したという。
さらに「もう一つは、あの戦争に関連した国との間に将来、深い禍根を残すことになるとのお考えなのです」と述べたという。
さらに徳川元侍従長は「それをあまりはっきりとお歌いになっては、差し支えがあるので、少し婉曲にしていただいたのです」と述べたという。
昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示していたことは、朝日新聞社に対する徳川元侍従長の証言(95年)や、富田朝彦元宮内庁長官のメモ(06年)、卜部亮吾侍従の日記(07年)でも明らかになっていた。
posted by ひで at 08:45| 奈良

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