2006年05月13日

ふざけるな!文化庁!隠ぺい工作してたメモ発見

 奈良県明日香村の国宝、高松塚古墳壁画(8世紀初め)の損傷問題で、文化庁が損傷当時、その事実を隠ぺいしようとしたと受け取れる内部資料のあることが12日、わかった。
 この資料には、損傷が報道機関に気付かれた場合、自然劣化と説明すると解釈できる内容が記されていた。2002年1月に起きた損傷事故を同庁が公表しなかったことに対し、隠ぺいの疑惑が指摘されているが、その疑惑を裏付ける可能性のある資料として、真相究明を目指す調査委員会(委員長・石沢良昭上智大学長)も重大な関心を寄せている。
 問題の資料は「高松塚古墳壁画の写真提供について」と題する02年3月15日付のメモ。同年1月28日に、文化庁の職員らが石室内に設置してあった空気清浄機を倒すなどして、西壁の男子群像や漆喰(しっくい)部分を傷付けてしまった後で、傷を目立たなくする補彩が行われた3月28日の直前にあたる。
 この資料には、一部の新聞社から3月8日、壁画発見30周年を記念した特集記事に「最近の写真を入れたい」との要望があったことを受け、他の報道機関からも最新の画像を要求された場合の対応を、担当の美術学芸課内で協議した結果が記されている。
 それによると、「発見当時の画像と比較されてもやむをえない」とした上で、「その場合は経年による自然劣化と説明」するとしており、当時の文化財部長も了解していた。タイミングから考えて、人為的な破損を「自然の劣化」とごまかそうとしたとみなせる記述となっている。
 文化庁は何をしているのだろうか!
 文化庁は文化を守るのではなく、文化を壊す省庁に成り下がったのだろうか・・・。

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2006年05月08日

善通寺で讃岐うどん法要

 弘法大師空海の生誕地、香川県善通寺市の善通寺が、創建1200年の記念行事の一つとして、6月10日に「讃岐うどん法要」を営む事を明らかにした。
 うどんは空海が留学先の唐から持ち帰ったとされるが、今や地元では一日一玉は欠かせない特産品になっている。
 空海とうどんに感謝し、めん棒を焚いて2千食分を振る舞うそうだ。
 アイデアを持ち込んだのは県観光協会で、一時の讃岐うどん人気もやや下火といわれるだけに、「お大師さんの御利益で長くてコシが強いブームにしてもらいたい」と期待しているという。

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2006年05月06日

原始生物の化石発掘

 中国などの研究チームは雲南省にある古生代カンブリア紀(5億4000万〜4億9000万年前)の地層から、「ベンド生物群」と呼ばれる原始的な生物の一種の化石を見つけたと発表した。
 ベンド生物群は、古生代より前の先カンブリア時代末期(6億〜5億4000万年前)に栄えたが、ほとんどが謎の大量絶滅を遂げていた。
 カンブリア紀まで生きのびた新種が見つかったことは、初期の生物進化の解明に役立ちそうだという。
 発見された複数の化石は、長さ数センチで葉のような薄い体をしている様だ。

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2006年04月29日

キトラ古墳で今度は天井にカビが・・・

 文化庁は29日未明、極彩色の壁画が描かれた奈良県明日香村の特別史跡キトラ古墳(7世紀末〜8世紀初め)の石室内にある天井天文図に、黒いカビらしきものが発生したと発表した。
 直径約7センチで、天文図の東側にある星座「尾宿」にかかるように発生していたという。
 文化庁は同古墳のカビ発生問題に対応するため、1週間に2度のペースで定期点検を実施しており、昨日午後の定期点検で見つかったそうだ。
なお前回の点検は25日だった。
 同古墳石室内では、既に2004年3月に南壁の朱雀の下で白いカビが発生しているのが確認されていた。
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2006年04月20日

蛇の新種の化石発掘へ

 アルゼンチンの約9300万年前の白亜紀後期の地層から、最も原始的とみられる新種のヘビの化石を同国とブラジルの研究チームが発見した。発見場所は当時陸だったとみられ、トカゲの手足が退化して現在のヘビの姿になったのは陸上とする説を裏付ける発見だという。
 化石には後ろ足が残っており、これまで見つかったヘビには見られない、陸生生物のような後ろ足の付き方をしていたことから新種と判断した。
 ヘビはトカゲの手足が退化して白亜紀の中ごろ(約1億年前)までに現れたと考えられているが、進化途中の化石が見つかっておらず謎が多いという。
posted by ひで at 22:57| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 歴史・遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ナスカ地上絵に新たな絵発見

 世界遺産に登録されている巨大な地上絵で知られるペルー・ナスカ台地で、人か動物をかたどったとみられる絵(縦約60メートル)や直線、渦巻き模様など約100個を発見したと、山形大人文学部の坂井正人助教授(文化人類学)らの研究グループが明らかにした。
 文化庁は「日本人研究者がナスカの地上絵を新たに発見するのは、おそらく初めて」としている。
 坂井助教授らは2004年秋、地上絵が描かれた目的の解明や保全のため、絵の分布図を作成する作業に着手した際、米国の商業衛星が撮影した写真を分析したところ、これまであまり研究されていなかった台地の南西部に絵や図形があるのを見つけ、2004年12月と今年3月に現地を訪れて確認したという。
 地上絵が描かれている台地は東西20キロ、南北15キロに及び、これまでに動植物や幾何学模様など700程度の図柄が確認されている。多くは紀元前1世紀から6世紀に描かれたとみられるが、描かれた目的には諸説がある。
 坂井助教授は「地上絵はまだ調査が進んでおらず、未発見の絵はまだあるのでは」と話しているそうだが、壮大なロマンだと思う。

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2006年04月19日

アルゼンチンで新種の肉食恐竜発掘

 ティラノサウルスに匹敵する最大級の新種の肉食恐竜の化石をアルゼンチン中部で発掘したと、同国とカナダの共同研究チームが専門誌に発表した。 少なくとも7個体分が固まって見つかったため、集団で生活や狩りをしていた可能性を示す発見だという。
 チームによると、化石は約1億年前(白亜紀)の砂岩層から数百個の骨がばらばらになった状態で出土した。復元の結果、推定体長5・5メートルの子供や、同12・5メートル以上とみられる成獣が含まれていることが分かった。
 ティラノサウルスより大型の個体もいたとされる肉食恐竜のギガノトサウルスと体長が同じくらいで、頭部がやや小さめとみられると同チームは説明している。
 大型肉食恐竜は、長く単独で狩りをすると考えられてきたが、最近になって集団行動説も唱えられている。チームは「この恐竜が集団で動けば、同時代に生息していた体長40メートルの最大草食恐竜アルゼンティノサウルスを獲物にすることも可能だったはずだ」と話している。
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2006年04月18日

1000年前の下着発掘

 新華社は、中国内モンゴル自治区赤峰市で発掘した、1000年前の遼代(916〜1125年)の墓から現代のブラジャーに似た女性用下着の一部が見つかったと報じた。
 下着の一部は2004年春、同市内で発掘された墓から出土。市内の博物館に保存されていたが、最近の研究で女性用の下着と判明したという。現代のブラジャーのように肩ひもや背中の帯が付いていたそうだ。
 博物館の研究者によると、下着は絹製で精巧な刺しゅうが施されていたそうで、刺しゅう入りの靴1足も見つかっており、研究者は当時の服飾文化や裁縫技術の研究に重要な価値があると話している。

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2006年04月14日

縄文時代にオイルルート

 北海道礼文島にある縄文時代後期(3500〜3800年前)の「船泊遺跡」から出土した天然アスファルトに、サハリン産と新潟産のものが混在していることを、小笠原正明・北大名誉教授らが突き止めた。
 縄文時代の日本海にアスファルトを交易するオイル・ルートがあったことを示す成果だという。
 天然アスファルトは、地表に染み出した原油から軽い成分が揮発した残りの物質で鏃を木や骨に固定する接着剤などに使われ、北海道や東北で多く出土している。
 小笠原名誉教授らは、アスファルトの構成物質のうち、年月の影響を受けにくいパラフィンに着目。
 船泊遺跡のアスファルトから抽出したパラフィンの分子構造を調べ、日本とその周辺で採れるものと比べた結果、出土したアスファルトには、サハリン北部産と新潟産の2種類が混ざっていることがわかったのだという。
 同様の手法で、北海道千歳市の「キウス遺跡」では秋田産を加えた3種類のアスファルトを確認した。
 礼文島には最北の縄文人集団が住んでいたことが確認されていおり、出土品の特徴から、北海道と本州、大陸の間では活発な交易があったと考えられているが、今回の研究は、これに分子レベルでの証拠をもたらしたことになる。
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2006年04月13日

新猿人発見される!

 米カリフォルニア大バークリー校などの研究チームが、エチオピアの約420万−410万年前の地層から人類の祖先とされる猿人アウストラロピテクスの初期の化石を発見したと発表した。猿人の進化の系統を探る上で重要な手掛かりになるという。
 化石は歯の特徴からアウストラロピテクス・アナメンシスと呼ばれる種類と判明した。
 現場周辺では約440万年前のラミダス猿人と、約350万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの化石がそれぞれ見つかっていた。
 これらの化石との比較から、同チームの諏訪元・東京大教授(形態人類学)は「ラミダス猿人から約20万年の間に急激に進化し、アウストラロピテクスが誕生したという仮説を提示できる」と話している。
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2006年04月11日

広島原爆ドームは2045年までは現存維持

 核兵器の惨禍を伝える「証人」で世界遺産の原爆ドームについて、広島市は10日、少なくとも被爆100年の2045年まで現在の姿のまま保存すると発表した。
 平和記念施設の保存・整備方針の中で明らかにしたもので、被爆60年が過ぎ記憶の風化が危ぶまれる中「核兵器廃絶を目指す被爆地ヒロシマの役割はますます重要になっている」と決定したそうだ。
 市は地震などを別にすれば、原爆ドームは相当長期間の保存に耐えられると判断しており、「破壊の痕跡一つ一つに、後世に残すべき価値・メッセージが存在している」として、現在の位置や外観での保存を優先する考えを示し、雨水や地震対策を実施するとしている様だ。
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2006年04月07日

秦の始皇帝の祖母 夏太后の墓公開へ

 中国陝西省考古研究所は、同省西安市長安区で2004年から発掘が進められている秦代の大型陵墓と副葬品を初めて外国メディアに公開した。
 同研究所は格式や出土品を分析した結果、陵墓は秦の始皇帝(紀元前259―同210年)の祖母、夏太后の墓の可能性が強く「極めて大きな意義がある発見としている。
 陵園は南北550メートル、東西310メートルで、墓室と副葬品坑から成り、陵墓としては中国最大級だという。
 2004年に大学を建設する土台工事をしている際に発見され、これまでに6頭立ての馬車2台と多数の玉器や馬のような模様を記した金の飾り、青銅の馬具、「衛」の文字を刻んだ石などが見つかっている。
 また「集中公墓制」といわれる王族複数の墓を集めた陵墓ではなく、個人を埋葬した最も古い大型陵墓であることも判明したという。
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13使徒のユダはイエスを裏切っていなかった

 米国の科学教育団体「ナショナルジオグラフィック協会」は、1700年前の幻の「ユダの福音書」の写本を解読したと発表した。
 イエス・キリストの弟子ユダがローマの官憲に師を引き渡したのは、イエスの言いつけに従ったからとの内容が記されていたという。
 解読したロドルフ・カッセル元ジュネーブ大学教授(文献学)は「真実ならば、ユダの行為は裏切りでないことになる」としており、内容や解釈について世界的に大きな論争を巻き起こしそうだという。
 13枚のパピルスに古代エジプト語(いわゆるコプト語)で書かれたユダの福音書は、「過ぎ越しの祭りが始まる3日前、イスカリオテのユダとの1週間の対話でイエスが語った秘密の啓示」で始まるという。
 イエスは、ほかの弟子とは違い唯一、教えを正しく理解していたとユダを褒め、「お前は、真の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを超える存在になる」と、自らを官憲へ引き渡すよう指示したという。
 同文書は3〜4世紀に書かれた写本で、1970年代にエジプトで発見され、現在はスイスの古美術財団で管理されているもので、同協会が資金援助し、カッセル元教授らが5年間かけて修復、内容を分析したという。
 福音書はイエスの弟子たちによる師の言行録で、実際は伝承などをもとに後世作られたものと見られている。
 うち新約聖書に載っているのは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人分だけで、ユダの福音書は、2世紀に異端の禁書として文献に出てくるが、実物の内容が明らかになったのは初めてだったという。
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2006年04月06日

9000年前の人骨の歯に治療跡

 人類は9000年も前から歯医者さんにかかっていた?
 パキスタン西部の9000−7500年前の墳墓で、生存中にきりのような物で穴を開けられた形跡がある人の歯11本を、フランスなどの国際チームが確認し「歯の治療の原型だ」と、6日付の英科学誌ネイチャーに発表した。
 米紙ニューヨーク・タイムズによると、歯科治療の幕開けを約4000年もさかのぼらせる発見だという。
 チームが調べたのは、新石器時代の墳墓に埋葬されていた成人男女9人の奥歯で、直径1・3−3・2ミリ、深さ0・5−3・5ミリの穴が開いていた。内部のぎざぎざから人工的に削ったとみられ、時代的に硬い石が使われた可能性が高いという。表面がすり減っており、穴を開けた後も歯を使っていたらしい。3本の歯に穴がある人や、1本に2カ所穴が開いている人もいた。
 虫歯があったとみられる歯は11本中4本で、チームは「治療や痛みの緩和が目的だった可能性がある。残りの歯がなぜ削られたかはっきりしないが、奥歯なので美容目的ではない」としている。

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2006年04月05日

モーツアルトは裕福だった

 浪費や借金で晩年は生活苦の状態だったとの説が一般的になっている音楽家モーツァルト(1756−91)が、実は豊かな生活を送っていたとの仮説を、モーツァルトの関連文書を調べたオーストリアの学者らが明らかにした。
 モーツァルトの生誕250周年記念イベントに関連して、学者らがウィーンの楽友協会で公開された文書を調べたところによると、モーツァルトの年収は約1万フロリンで、現在の貨幣価値に換算すると約47万円になり、18世紀後半のウィーンでは賃金労働者の上位5%に入る高額所得者だった事がわかったという。
 公開文書からは浪費があったようにはうかがえず、これまで定着している、稼ぎの多くがギャンブルに消えていくようなモーツァルトの姿はみられなかったという。
 
posted by ひで at 13:25| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月30日

縄文時代にはキビを食べていた

 滋賀県教委は、安土町下豊浦の竜ケ崎A遺跡で出土した縄文時代晩期末(約2600−2500年前)の土器片に、炭化したキビの固まりが付着しているのを確認した、と発表した。
 県教委によると、キビが土器に付着した状態で見つかったのは全国初といい、「キビを脱穀や煮炊きしていたと考えられ、当時の食文化を知る上で貴重な資料」としている。
 竜ケ崎A遺跡は安土山の西側ふもとに位置し、縄文時代中期から晩期まで(約4500−約2500年前)の集落跡とされる。ほ場整備に伴い、県教委が2003年に発掘調査し、出土した土器などを調べていた。
 その結果、土器片の一つに穀類と推定される直径約1・5ミリの粒状の炭化物が付着しており、顕微鏡などで分析したところ、キビと判明したそうだ。
 土器片は、貯蔵や煮炊きに使われた深鉢の底の一部とみられ、底の直径約6・5センチ、高さは約8センチで、ヨシの堆積層から出土したという。
 炭化したキビは土器内側の約7センチ四方にこびりついていたそうだが、殻が残っているものが少なく、脱穀されたとみられるという。
 キビは縄文時代晩期にはすでに食べられていたと推定されているが、日本では自生していないため、栽培されていたか、他の地域から運ばれたと考えられるという。
 縄文時代と弥生時代を通して、炭化したキビは、これまでに彦根市の稲里遺跡など3カ所でしか見つかっていない貴重な出土品だという。
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2006年03月29日

第2・3次南極越冬隊の様子を写した8ミリフィルム見つかる

 今年で50年を迎える日本の南極観測で、初期の第2次、第3次隊などに参加した元国土地理院院長の原田美道さんが、当時撮影した8ミリフィルムを保管していたことが分かったという。
 その8ミリフィルムは関係者の手を経てDVD映像として処理され、半世紀前の南極観測の生々しい姿がよみがえったそうだ。
 昭和基地に取り残され奇跡的に生き残ったカラフト犬のタロとジロや、氷海に閉じ込められた初代観測船宗谷の救出劇も写っており、苦難の観測史を記録した貴重な資料だという。
 撮影時間は白黒、カラーで計約3時間20分に上り、まだ建物が少ない昭和基地の光景も収められているそうだ。
 第3次隊員として1959年1月に昭和基地に上陸した際の映像には、酷寒の冬を乗り越えたタロ、ジロの姿も写っているそうで、元気に歩き回ったり、隊員の作業を見守る様子がカラーで収められているという。
 2匹の映像はわずかだが、第4次隊で世話をした吉田栄夫国立極地研究所名誉教授は「体の色などからタロ、ジロで間違いない」と話している。
 厚い氷に阻まれ、越冬を断念した第2次隊(57−58年)では、宗谷の苦闘ぶりが克明に残っていたという。
 氷の爆破や、方向を変えるため船首に三角帆が張られた場面も撮影されており、援助要請を受け米海軍砕氷艦「バートンアイランド」が黒煙を吐きながら接近してくるシーンへと続いているそうだ。
 原田さんは「博物館や研究機関など公的な所で保管してほしい。膨大な資料が整理のつかないままになっている元隊員はかなりいるはずだ」と話し、観測50年を機に収集や適切な管理の必要性を訴えているそうだ。

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2006年03月26日

絶滅危惧の植物を救え!

 環境省は、新宿御苑を絶滅が心配される植物を守る拠点として整備する方針を決めた。
 御苑内に国内の植物園と連携して絶滅危惧植物の現状把握に努めるセンターを設けるとともに、保護増殖や研究のための施設を兼ね備えた温室を作るという。
 国内で絶滅の恐れが指摘されている植物は約1800種もあり、日本の高等植物全体のほぼ4分の1に当たるという。
 国内の植物園が栽培しているのはこのうち約700種にとどまり、十分に対策が進んでいるとは言えない事が課題だった。
 植物保護の中心となるセンターづくりは、今春で開苑100周年を迎える新宿御苑の新たな利用策を検討する中で浮かんだそうで、新たに作る温室には、種子の保存施設を併設する。絶滅危惧植物の栽培方法の研究も行うという。
posted by ひで at 10:24| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

モンゴルでジンギスカンのイベント目白押し

 モンゴル帝国の始祖チンギス・ハーンの即位(1206年)から800年になる今年、モンゴルで、銅像建立などの記念事業が進んでいるという。
 旧ソ連の衛星国だった社会主義時代、チンギス・ハーンの記念事業を行うのは不可能だったという。ソ連が、チンギス・ハーンを「侵略者」と見なし、さらに、チンギス・ハーン崇拝はモンゴルの民族主義をあおりかねないと警戒したためだ。
 チンギス・ハーンは、1990年の民主化によって名誉回復され、民族の歴史的英雄は、瞬く間に、国をまとめ、人々をつなぐ唯一の存在となったのだ。
 政府事業の目玉の一つが、首都ウランバートルで初となるチンギス・ハーンの銅像の設置で、政府宮殿前に高さ5・5メートルの銅像を建てるといい、そこに、チンギス・ハーンなどの関連資料を展示する約3500平方メートルの歴史博物館も造るそうである。
 政府はまた、チンギス・ハーンをテーマにした日本との初の合作映画の製作に全面協力する事も明らかにしている。
 騎馬合戦の撮影シーンには、兵士延べ5000人をエキストラ出演させる予定だとか・・・。
 いやはや凄いスケールです・・・
posted by ひで at 20:39| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月03日

中尊寺は平安後期の建立が証明される

 国宝の中尊寺金色堂の柱や天井板に使われたスギ材とヒバ材が1114−16年ごろのものであることが、奈良文化財研究所の年輪年代法による測定で分かった。
 金色堂は、棟木銘や文献から奥州藤原氏の初代清衡が平安後期の1124年に造立したとされているが、中尊寺は「清衡が建立したという通説が科学的に裏付けられた」としている。
 これは奈文研が中尊寺から分析の依頼を受け、昨年2月から調査していた結果わかったものであるという。
 なお年輪年代法は、毎年の日照、雨量、災害などの条件によって年輪の幅に違いが出る木の性質を利用、標準パターンと照合し、伐採年を測定する方法だそうだ。
posted by ひで at 23:02| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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